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「天才、インテリ、 唯一無二の音楽家」   
  宗像 和男 (Kazuo Munakata) 音楽プロデューサー
  
- 2012年 寄稿 -

深町 純ほど、インテリジェンス溢れる音楽家を 他に知らない。
あんなミュージシャンはもう出てこないでしょう。


「ディラックの海」を数10年ぶりに聴いていたら、アドレナリンが血中に出たのが分かるほどだった。
 1996年~97年、深町純と共に、ニューヨークでレコーディング制作をした“Spiral Steps" "The Sea Of Dirac"のアルバムは、私の音楽人生の中でのハイライトの一つである。
モニタールームから見たミュージシャン達のセッションの光景を、忘れることはできない。
まさにそこは、音楽を創り出す人間達のバトルフィールド、そしてそれは、真剣に音楽を愛するもの達の思いと深い信頼関係のほか 何ものでもなかった。

The recording sessions in 1976 and 1977 at Media Sound in New York for Jun's "Spiral Steps" and "The Sea of Dirac" albums was one of the highlights in my life as a music man. I was a production manager of the albums produced by Kitty Music. And I will never forget the sessions which I watched from the monitor room of the studio. The studio was just like a battlefield of creative people and  there was nothing but serious musicianship and friendship.
 

〜関西テレビ放送グループ 番組制作会社「メディアプルポ」のインタビュー(2012.1)より〜
(聞き手・メディアプルポ音楽出版部プロデューサー 原一博さん)
 

『宗像和男が選んだ8枚のアルバム』

〜深町純さんの『ディラックの海』

宗像 深町純さんはポリドールでシンガーソングライターとしてデビューしてたんだけど、知る人ぞ知る存在だったんだよね。彼は東京芸大の作曲科の首席だったんだけど、彼も卒業式の10日前に、「卒業証書になんの意味もない」って大学を辞めてるんだよね。しょうがねぇなぁ(笑)。

ーーでも凄い人だったんですね。

宗像 天才だね。学生の頃からスタジオミュージシャンとか劇団四季の『ジーザス・クライスト・スーパースター』の編曲なんかのアルバイトをしてたんだけど、当時、芸大でバイトすると即退学だったそうだよ。でも深町はしょうがない、あいつを退学にはできないっていうことになったんだって。ちなみにそれが前例になったりして、後輩の坂本龍一さんが真似をして芸大時代からバイトしてたって聞いたよ。

ーーへぇ(笑)。

宗像 彼はシンセサイザーなんかもいち早く取り入れてたんだけど、やっぱり海外の一流ミュージシャンとやりたいって言ってて。だからドラムはスティーブ・ガッド、ベースはアンソニー・ジャクソンとかね、世界最強のミュージシャンを集めたの。

ーーへぇ。

宗像 で、表題曲の「The Sea of Dirac」は深町が海外のミュージシャンに突きつけた果たし状だよね。

ーー果たし状!

宗像 海外の一流ミュージシャンに対して、「お前たちに俺が作ったこの曲を演奏できるのか?」ってことだよね。俺はその緊張感のなかにいたからね。だから一流の人たちのミュージシャンシップというかプロフェッショナリズムっていうのを間近に見て、音楽を作るということはこういうものなんだと思った。77年のことだけどね……。

ーーまだいまより洋楽信仰や洋楽コンプレックスがあった時代ですよね。
 

1977年 The Sea of Dirac
(ディラックの海)
宗像 深町にはそれだけの自負があったんだろうね。で、譜面を用意したんだけど2メートルくらいの長さでさ。とにかく難しい。あのスティーブ・ガッドがなかなか叩けない。途中でボーヤにブランデーのボトルを買ってこさせてさ。ぐいぐいラッパ飲みしちゃって。

ーー豪快な気分転換ですねぇ(笑)。

宗像 その日は6時間かけてもできなくってさ。「今日は申し訳なかった。明日のスタジオ代は俺が払うからもう一度やらせてくれ」って言ってね。で、次の日はビシッと決めてね!

ーー凄い!

宗像 深町は2010年に亡くなったんだけど、本人にとっては当時のことはいい思い出だったみたいよ。本当に言葉を超えて通じるものがあったっていうことでね。自分の音楽を世界の一流のミュージシャンが面白がってくれたというのは相当自信になったみたい。そういえば、ベースのアンソニー・ジャクソンが上原ひろみさんのバックで2011年に来日したんだけど、彼も当時のセッションは凄く覚えているって言ってた。『ディラックの海』の譜面を「これから会うチック・コリアに見せるんだ」と言って持って帰ったくらいだからね。

ーーへぇ。

宗像 「もうあんなセッションは不可能だ。フカマチみたいなミュージシャンも出てこないし、あんなレコードにお金を出すレコード会社もないし、N.Y.にこんな録音ができるスタジオもなくなったし……」ってね。

ーーうーん、ちゃんと聴きこまないとダメですね、これは。
 

(敬称略)
 
宗像 和男 (むなかた かずお)氏は、元キティーレコード海外担当として、1970年代の深町 純リーダー作Spiral Steps(1976)」「The Sea Of Dirac(1977)などの制作に関わった。
 
1976年
Spiral Stepsについての制作秘話はこちらにも詳しく記述されています。(message for jun「深町純ニューアルバム「SPIRAL STEPS」(1976)に寄せて」
 

(外部リンク)宗像 和男 様のインタビュー記事「目利きや!(メディアプルポ)」
 

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