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「 ありがとう 深町 」
  村上 " ポンタ " 秀一(Syuuichi " Ponta " Murakami) ドラマー
  
- 2012年11月 寄稿 -

深町とのこと。
数えきれないくらいの思い出がたくさんありますが、、
やっぱり深町と俺っていうのは、
最初にニューヨークに渡って、その今をときめくその頃の、今のニューヨークのサウンドをつくった人たちの中で、深町が俺にそういうチャンスを与えてくれたっていうのはやっぱり一番大きいですよね。
ブレッカー・ブラザーズからほんとにスティーブ・ガッド、ウィル・リー、アンソニー・ジャクソン、、今でもしょっちゅう日本に来てるトップの人たちだけど。
その思い出が一番大きくて。
あと二人で本当に何年間くらいだろう、他のメンバーやめていってもなぜか二人だけではやってるっていう因縁めいたものがあって、、よくけんかもしたし、ああでもないこうでもない。
実はなかなかミュージシャン同士でけんかをするっていうのはないんですよ。
そういう意味では思いっきり言いたいことを言い合って、いいけんかをした数少ない人ですね。
本当にごくごく少ない人のうちの一人っていうのは、ほんとに俺にとっての深町 純ですね。

いろんなところに連れていってくれたし、いろんな葛藤もあったけど、
クリエイトするっていうことを本当に、教えてくれた先生でもあるかもしれないですね。

こうやって言葉にするとこうなんか、うまく伝わらないけど。
とにかく、俺の中にはずっとある大きなページ数が、深町純のページ数があって、
今もやっぱり一緒に、精神的には一緒に生きてるって感じかな。
彼が遺した作品もいっぱいあるけど、やっぱり何があってもその一番大きなのは、ニューヨークのミュージシャン、トップのミュージシャンと日本をつなげた意味での功績っていうのはこれはもう、言葉にしても、もう語り尽くせないくらいの大きな功績があると思いますよね。

とにかくまあ、
早く逝っちゃったけど、よく普通にある言葉だけど、ずっと深町は一緒にいるみたいな、そういうことを感じて、しつこいけど、本当に一緒にいるんですね。
俺も音楽続けて、あいつの何かを伝えてくっていうのもあるし、、

本当一つ悔いがあって、深町が亡くなっていろんなことがあって、
俺まだ一回も深町の為のライブなどに参加できてないって負い目があって、申し訳ないと思ってるんだけど、、何かの機会に、それは絶えず考えていて、それはそれで俺は俺でなんかけじめつけるっていったら変だけど、
俺のほうから仕切って何かをやりたいなっていう気持ちをいつももってます。

とにかく、「ありがとう深町」って言うか、
今もありがとうだけどね。
深町に対して、俺はそういう感じでいます。

俺が24才の時に、深町の『スパイラルステップス』というアルバムで、
あいつがニューヨークに連れてってくれなかったら、まずどう考えても今の俺はないよね。
これはいつもしょってる、感謝というか、、
そっからおぞましい二人が始まるのね。
ちっっくしょう俺は負けねえぞ、みたいな。
いい意味でね。
その起爆点になったあの深町とのレコードはやっぱり
これは一生つきまとう。
これだけは言っとかないと!!
 

村上”ポンタ”秀一

(敬称略)
 
(インタビューVTRより 文字起こしいたしました)
 
村上 " ポンタ " 秀一(Syuuichi " Ponta " Murakami/ドラマー 1951 - )

日本を代表するアーティスト。あらゆるジャンルの音楽、さまざまな国内外のアーティストのレコーディング・ライブに関わっており、説明の必要がないほど、音楽界には無くてはならない大きな存在。

wikipedia「村上秀一」はこちら

Spiral Steps 収録中の村上 " ポンタ " 秀一 氏(1976年)
(同アルバム ライナーノーツより)
村上 " ポンタ " 秀一 氏と 深町 純 は、下記の深町純リーダーアルバム5枚の制作で競演した他、いろいろなアーティストのリーダーアルバムやライブで共演した。
 
1975年
Introducing Jun Fukamachi / 深町 純
1975年
六喩 (ろくゆ)/ 深町 純 & 21st センチュリーバンド
 
1976年
Introducing "Ponta" Murakami & Jun Fukamachi
 (驚異のパーカッションサウンド!! ポンタ村上〜深町純)

 
1976年
Spiral Steps(スパイラル・ステップス)/深町 純
 (ニューヨーク録音)
1977年
Second Phase(セカンド・フェイズ) / 深町 純
1978年
大村 健司 First Step」(深町純プロデュース作品)
 タワーレコード限定 Tower To The People QIAG-70051
 
大村 憲司(Electric Guitar、Vocal on "3")深町 純(プロデュース、Key)、坂本龍一(Key)、林立夫(Drums)、村上 "ポンタ"秀一(Drums)、マーティン・ウィルウェバー(Drums)、富倉安生(Electric Bass)、高水健司(Electric Bass)、小原礼(Electric Bass)、浜口茂外也(Perc)、斉藤ノブ(Perc)
 
これらのアルバムは、いずれも深町 純の1970年代の代表作であると同時に、1970年代半ばの日本のクロスオーバー/フュージョン黎明期に発表された、先駆的な名作ばかりである。日本でいち早くクロスオーバー/フュージョンサウンドを実践した深町 純は、自身のリーダー作制作の際は国内での録音にとどまらず、アメリカでのアルバム制作にも村上ポンタ氏を立て続けに起用し、その競演により名作群が生まれた。村上ポンタ氏のドラミングは、テックニックは言うまでもなく歌心が実に豊かで特徴的、日本国内のドラマーとしては当時から存在が飛び抜けていた。参加する音楽のジャンルは多岐に渡るが、深町 純とともに、1970年代半ばに始まった日本のクロスオーバー/フュージョンサウンドの立役者の一人とも言える。また、ジャズ界の巨匠「マイルス・デイヴィス」から競演のオファーがあった唯一の日本人ドラマーとしても有名。
 
深町 純との競演は上記以外にも多く、1970年代初期には、フォークグループ「赤い鳥」のアルバムやライブ、五輪真弓 氏のライブ、1970年代中期には、マーサ三宅 氏のアルバム制作、鈴木宏昌 氏のアルバムなど、その他多くの作品で共演している。
 
:試聴できます。
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